2018年スタート!

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    戌年スタートの2018年.新春恒例の箱根駅伝は、地元山梨学院は18位とシード落ちで期待を大きく裏切ってしまった。32年連続出場の実績は評価されるが、戦国駅伝の昨今である。新しい時代の駅伝への備えが十分できていないのではないか?心機一転!新たなスタートラインを探す事から始めなければならないだろう。かって山梨学院の全盛期には3回の優勝、区間記録保持者も3人いた。あれから20年、大学駅伝の環境は大きく変わった。

    2018年 平成30年新春!

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      穏やかな新春を迎えました。風もなく、勝沼の景色は、遠くに雪を見るが、
      春の訪れも予感します。

      新しい年の準備!

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        新年を迎える準備のため、浅間神社に行ってきました。

        鉛筆画に挑戦

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          最近鉛筆画に挑戦しています。24色だからあまり色の変化がありません。下書きなし、即興ですが、楽しいが難しいなあ!

          甲州市田辺市長4選

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            甲州市長選は、現職の田辺、新人相沢、荻原の3人の争いである。
            投票率62パーセントと低く、市民の関心、盛り上がりに欠けた。市議会議員は無投票であつた。

            夕焼け!

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              さかおり倶楽部例会の夕方、さかおり地区で見た夕焼け!思わず写真を撮った。
              8月7日に替えた新車が眩しい!

              フランス派遣から140年!

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                祝村の高野、土屋青年がワインと葡萄栽培を学ぶためにフランスに旅立ったのが、明治10年10月10日。あれから140年の月日が
                経ちました。甲州語り部の会は、今年度は、ワインと葡萄の歴史文化を学び次世代に紹介していこうと思います。宮光園は復元され、環境整備も整い、資料館にも多くの観光客が訪れています。
                35ミリの映画フィルムから懐かしい貴重な歴史文化が伺えます。

                メルシャン勝沼ワイナリーの資料館も大変良く整備されており、わかりやすく説明されています。

                信州の旅

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                  信州の旅に行ってきました。大学時代の同級生、川口君と一緒であり、上田市、長和町を中心に、人に会い、施設を見学してきました。発芽コーヒーを作っている市川さんに会いました。上田城の売店でも売っていました。真田氏から受け継いだ城下町、上田市は人口16万あまり、大河ドラマの影響もあり、まだ多くの観光客が訪れていました。泊まりは新戸倉温泉福寿草。落ち着いた旅館でした。佐久平に近い長和町の町長羽田さんが大学時代の同級生という事で立ち寄りましたが、あいにく公務のため会えませんでした。木造の庁舎で黒曜石をあしらいおしゃれな建物でした。
                  新車のドライブを兼ねての1泊の旅は快適でした。岡谷周りで上田市まで1時間40分、帰りは、佐久平駅から小諸ー清里ー須玉で1時間30分位でした。

                  8月15日

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                    72回目の終戦記念日、小雨の本栖湖で迎えた。毎日のニュースは、北朝鮮の挑発、トランプ大統領の強硬な言動である。国内では、航空事故に水難事故もあった。平穏な日々とは言えない昨今である。雨の本栖湖、祈りの湖である。

                    地域の歴史文化を学ぶ。

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                      甲州語り部の会は、2011年に設立してから6年目を迎えています。地域の歴史文化を学び、次世代に語り伝えていこうと活動しているボランティア団体です。
                      勝沼は、ワインとぶどうの歴史遺産がたくさんあります。明治10年、二人の青年がフランスに渡りワインとぶどう栽培技術を学び、帰国後、本格的なワイン造りが始まりました。
                      シリーズ1 高野、土屋の二人の青年の物語。
                      [ワイン醸造の夜明け]
                      明治政府は、殖産興業政策を基本とし、そのシンボルは、養蚕、ワインとぶどう栽培に置かれていました。当時の県令藤村紫朗は、祝村にワイン会社を作り、資金を集め、青年2人を推挙すればフランスに派遣する旨を伝えていました。祝村は、日本で初めてのワイン会社[大日本山梨葡萄酒会社]を明治10年8月に設立。設立と同時に明治10年10月10日.会社は、高野正誠25歳、土屋助次郎19歳の二人の青年をフランスに派遣し、本場のワインとぶどう栽培を学ばせました。同行したのが、後の山梨県知事の前田正名(パリ博覧会事務副総裁)でした。航路は45日かかったそうです。フランス語を学び、トロワ市のシャルル・バルデー 氏の農園で葡萄の栽培方法を学び、モーグ村のピエール・ジュポン氏の農園で葡萄酒醸造を学びました。二人は勉学を半年間延長して明治12年3月無事横浜港に帰り着きました。
                      本格的なワイン醸造が始まりました。工場は下岩崎の雨宮彦兵衛さんの日本酒工場を使い、仕込みの葡萄は、甲州ぶどうを使いました。記録によると、醸造費は、128円余り、30石のワインを初めて勝沼で造ったのです。
                      しかし、良質なワインを造る道のりは遠く、発酵技術も未熟で販売ルートも幼稚でした。結局、二人が所属した葡萄酒会社は、数年で仕事をやめ、会社もやがて解散してしまいました。土屋助次郎は、名を龍憲と改め、岩崎の宮崎光太郎と共同で、甲斐産商店 を興しました。明治23年の春、二人は袂を分かち、土屋助次郎はマルキ葡萄酒を、宮崎光太郎は、甲斐産葡萄酒、エビ葡萄酒を醸造し、広く東京方面に販路を拡大しました。現在は、宮光園として保存されています。一方、高野正誠は、400ページ余りの葡萄三説を出版、広くこの道に貢献しました。甲州市は、10月10日をワインの日に制定しています。

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